『この素晴らしきせかい』
顔を見れば人は彼を
まるで悪魔や死神のように言う
噂っていうのは勝手に足が生えて歩き回って(そういうのは尾鰭がつくと言うのだと後でジェイドに教えて貰った)育ってしまうのは解るけれど
旅の途中、そんな話を聞く度に胸がちくりと痛んだ
だって、あの人は
俺にとっては父親みたいな、母親みたいな
…ううん、神さまと言ってもそう違いない存在。
お世辞にも天使とは言えない性格だけれど
彼がいなければ俺は、
レプリカルークは
生まれては来れなかったのだから。
「ジェイド」
とある宿の一室。
ベッドへ腰掛け本を読んでいるその人に声を掛けた。
「なぁ…ジェイド」
二度目。やはり反応はなし。
瞳は文字を追っているようだ。本当に聞こえていないのかは解らないけれど、邪魔することもないなと、一つ息をついた。
手持ち無沙汰、何となしに見た彼の手に目が留まる。首から爪先までを常に包んでいる青は鮮やかだ。
静かにページを送る指先を見て、ふと思った。
(ジェイドが手袋を外している所を、見たことあったっけ)
戦闘中でも、左手はいつも、ポケットの中。
思い出してはみるものの、手に限らず彼の素肌を見る機会はそうなかった。
夜遅くまで予定を練ってくれたり読書をしている場合は、俺が眠さに耐えきれず。かと思えば例のスパの時みたいに何時の間にか、湯浴みを済ませていたりして。
どうしてだろう。
聞いたら彼は答えてくれるだろうか。
「ジェイド?」
ついさっき邪魔しないと思っていたことさえ忘れて、触れれば流石に気付くだろうと、彼の左手へと手を伸ばした。あと少しで触れるという所で彼は本を閉じる。伸ばした手は空を撫でて。
本を閉じる動作はこれ以上ないくらいに自然だったけれど、どこか違和感を覚えた。
(…避けた?)
「ルーク。まだ掛かりそうですから、先に風呂へ」
「ジェイド」
「はい」
「一緒に入ろう」
「…イヤですvお子様はガイと一緒に入りなさい」
一瞬、躊躇した。
即答で断られると思ったのに。
「…あのさ」
今なら、教えてくれるかも。
なんて。
「何です」
「えっと…その。……ううん、なんでもない」
まてまて。
やっぱり、あまり踏み込むのは良くない。ジェイドにだって秘密にしておきたいことは…と言うかこの人は謎だらけだけど。それならそれで、本人が話したくなった時に
「気になりますか」
「!」
「顔に書いてありますよ」
まさか本人から切り出されるとは思わず。息を飲んだ俺に彼はどこか悲しそうに微笑んだ。
それを見て、しまった、と
ああ、俺のバカ
「私は何百と…いえ何千かもしれません。人に限らず命を奪って来ました」
今の俺の状況なら、この人はきっと何でも教えてくれるのだろうと、頭の片隅で思っていたくせに、ずるいな俺
「ただ殺すならまだしも、惨い実験も行っていました。命を奪うことなど、何とも思わなかった…ルーク」
名を呼ばれぴくりと肩を震わせたルークに、ジェイドは己の両腕を差し出す。
「未だ血に塗れている気がしてならないのです」
布地を通り抜け皮膚にまで染み込んだ、大量の血液に宿る負の意志が…まとわりついて、離れないのだと。
聞いてはいけないことだったと感じた。けど俺は必死に耳を傾けた。
自分のことは殆ど話さない。今止めたら彼は二度と、この内側を見せてくれない。漠然とだけれどそう思った。今しか、聞けない。
だから、一字一句逃すまいと
「…グローブを外して、もし」
もし、まだ血塗れだったら?
ジェイドは頷いた
「だから…肌を見せたくないのか?」
「有り得ないこととは解っているつもりですが…それよりも、触れてはならないと思った」
数少ない気を許した仲間達に。
「…何よりあなたに」
そんなもので、無垢なあなたに触れてはならないと
グローブ越しならまだしも素手で触れることだけは避けたかった
特に、今でも時々酷く強く掴まれているような錯覚がする、炭化していてさえ彼女が掴み離さなかった、この左手では。
(こんな腕など、失ってしまったほうがいいのかもしれない)
(そんなことを言ったらあなたは、泣きそうな顔をして怒るんでしょうけれど)
『あれは災いが人の形を成したものだ』
『あれが触れたものは命を落とす』
誰の言葉だったのかは覚えていないが、確かにそう、自分でもジェイドは納得していた。彼女…恩師のことも、自らの技術をより完成させるために死んでいったレプリカたちも。
私は目の前の少年の細い肩に、重過ぎる現実を荷してしまった
「フォミクリーのことも?」
ルークが真っ直ぐに視線を絡ませると、ジェイドは申し訳ないというように視線を落とした。
「もしかして、あれを作らなかったほうが良かった、とか思ってる?」
やっぱり、後悔しているのだろうか?
「俺を見てジェイド」
両手を伸ばして頬を包むように触れたら、今度は彼がひくりと震えた
「俺は、あなたに感謝してる」
月並みにしか言えないだけど、それは偉大な発明!
あなた以外だれがそれを成し得ただろう
(むしろ俺は、自分のことでもないのにそれを誇りに思ってる)
救う力にも奪い取る力にも
使い方次第だって、あなたも言っていたでしょう?
「俺がここに今、生きているのは、ジェイドのおかげ」
例え、世界があなたを認めなくたって
あなたがあなたを認めなくたって
「ジェイドが今までどんなことをしていたって、今が良ければそれでいい」
「ルーク!…いけませ、ん、っ」
引こうとする彼の手を掴んで、邪魔なものをはぎとって
ほんの少し体温が低い、白い甲へと口付けた
真っ赤な瞳が見開かれる
彼の瞳が潤むことがあるなんて、皆信じないかもな
もう、同じ男なのにどうして、この人は
こんなにもきれいなのだろう
きっと神さまは、そんな彼に意地悪をしているんだと思う
命を理解出来ないという大きな欠落
でも彼はそれさえ、きっと、越えていけるひと
「これから先も、一緒に」
やがてこの身は、世界中の生命と引き換えに消えてしまうけれど
気の置けない仲間たちと
高い綺麗な空と、包んでくれた自然と
なによりあなたがいるこの素晴らしい世界を守れるなら
それも良いと思えるようになった
『あなたは、俺にとって神さまみたいなものです』
今それを言ったらきっと、この人はらしくないくらい真っ赤になって
しばらく口を聞いてくれなくなってしまうだろうから
今はまだ言わないよ。
「な、お風呂一緒に入ろうぜ」
何度か目を瞬かせて、仕方がないと肩を竦ませた彼の手をとり、半ば引っ張るように歩き出した。
ワンテンポ遅れてついてくる足音。
強張っていた緊張もとけたのかな、
彼の手が、さっき触れた時よりも温かくなっている。
(あ、俺)
(こうやってジェイドと手を繋ぐの、はじめてだ…)
肌を合わせて、手をつないでる。
ただそれだけなのに胸がいっぱいになって
廊下を歩きながら一生懸命涙を落とすまいとしていたことは、
どうかばれませんように。
END
きつい時だって何度もあったけれど
あなたがいるこの世界に生まれることができて良かったよ、と
大声で叫びたい
罪悪感でいっぱいな大佐を癒せるのは、ルークだけだと思います。
(フリリク「ジェイド」)