『背中合わせの約束』
「…甘いですね、私も」
グランコクマの宿。
譜術の力で常に球体となって浮かぶ清らかな水流を見詰めながら、ジェイドは一人ごちた。
皺一つないシーツの敷かれた、小綺麗なベッドへ腰掛ける。
ゆっくり左の手袋を外すと、甲から外肘までの裂傷からじわりと血が滲み出していた。衣服に損傷がないのは、有機物のみにダメージを与える特殊な攻撃をする敵が相手であったからだろう。
(…不覚、でした)
乱戦となった先の魔物との戦い。
背後で剣を振るっていたルークへ向けて繰り出された敵の攻撃の一部を、左腕で受け流した時のものだ。
彼は…癖なのだろうか、右背後の守りが甘い。
譜術詠唱の時間を稼いでくれるルークに今、倒れられてはまずい。
そう判断し、明らかに彼の急所を狙った軌道のものだけを腕で受けた。
しかしコンタミネーションを応用して一時的に腕の耐久力を上げていたものの、傷になってしまったようだ。
防ぎきるつもり、だったのだが。まだ封印術の影響が残っているのかも知れない。
そこまで考えふと、思う。
…いつから、彼の世話を焼くようになってしまったのだろう。
転ぼうが何をしようが、べつにどうでも良かったはずなのに。
「ジェイド!」
扉を蹴破る勢いで入ってきた人物を、もう見なくても解ってしまう。
一度注意したら覚えて欲しい。あなたは馬鹿ではないのだから。
「…ルーク、今度そうやって入ってきたらお仕置きですよ」
「う、ご、ごめんそれだけは…」
************
そうだった、陛下がいた時も俺、扉蹴破っちまったんだよな。
ジェイドのことで頭一杯だった、なんて言ったらまた怒られそうだから、それは黙っておこう。
「…傷は良いのですか」
「うん、ティアが見てくれたから、俺は大丈夫だけど…」
ジェイド、怪我、してないのかな。
俺の傷はあまり大したことはなかったから、たぶん見た感じ、大丈夫そう…だけど…そう、でもまずは。
ちゃんと謝らなくては。お礼を言わなくては。
俺は向かいのベッドの上で居住まいを直し、切り出した。
「あの。背中の傷…何発かやられてたけど、急所だけを綺麗に外してるってティアが言ってた」
「……」
「…ありがとう。…御免なさい」
ジェイドは黙ったままだ。
目も逸らしてるけど、大丈夫、ちゃんと聞いてくれてる。
ほんの少しだけ赤らんだ彼の頬を見て、そう思った。
「俺、強くなる。…前に陛下に言われたからじゃない」
軍人とは言え譜術士であり、けして打たれ強いとは言えない彼に、かばわれて。
ほんとダサいな…俺。
大切な人一人さえ、ろくに守りながら戦えないなんて。
そんなんで何が世界を救う、だ。
「…、」
強くなりたい。
ジェイドと並んで戦える様に。ジェイドが背後を任せてくれるくらいに。
「…泣き虫は、嫌いですよ」
「えっ、…!」
呆れを含んだ声に弾かれたように顔をあげれば
いつの間にか、ジェイドの瞳が俺を捉えていた。
不甲斐ない自分への情けなさでいっぱいになってしまって、視界がにじむ。
隣へ腰を下ろした彼の気配にさえ気付いてなかったようだ。
「っ…」
ああ、もう!
穴があったら入りたい。
しかも泣くのか、俺!
わななく唇をきつく結んで耐えたのに、伸ばされた彼の右手が包むように頬に触れた途端、何とかとどまっていた涙がぼろと流れ落ちてしまった。
「…悔いるより…少しずつでもいい。強くなりなさい。何時までもお守りは出来ませんよ」
と小さな溜め息のおまけつきだけれど、指先でそっと涙を拭ってくれて。
こんな時、ジェイドの手はとても優しい。
言葉は辛辣だけど、この人は俺のことをちゃんと見てくれている。
そう思うと力が湧いてくる気がする。
…だから、俺は頑張れる。
「ジェイド」
「…はい」
「俺、もっと」
強くなるよ。
仲間のためにも、このオールドラントに生きる全ての命のためにも、
そして何より、大切な貴方が生きる、未来を繋ぐために。
それは心の中で言った筈なのに、
彼は俺を、何も言わずに抱き締めてくれた。
END
2007/5/13
刺のあることばかり言っていた人の手が、いちばん優しくなっていたという衝撃の事実。
(フリリク「怪我とルークとジェイド」)