ご一緒しても良いですか




零時を過ぎた頃だった。
いつも通り装備の手入れを終えた所で、数回のノック音が耳に入る。

「…?」

普段はこの時間に来訪者などないのだが、と用心に携帯している腰のナイフの存在を確かめた所で、ベルクートは僅かに苦笑をもらした。

もう逃走兵として追われている訳ではないのだから、そこまで警戒する必要はないだろうに。


「はい、今開けます」


改めてこんな時間に誰かと、ゆっくりドアを開く。
ベルクートの頭一つ分より下、ドアの隙間からそっと顔を出したのは


「?!」


し、と少し慌てた様子でベルクートの言葉を遮った、思いも寄らない人物。


その志に共鳴し主と決めてから、守り付き慕うファルーシュ王子だった。


(一体…何かあったのだろうか)


いつも付き添っている護衛の子の気配はない。
廊下に一度視線を動かした様子に気付き、淡い蒼の夜着を身に纏った王子はベルクートに心なしか申し訳なさそうな表情を見せた。

"すこしだけ ぼくに じかんを"

ゆっくりと離された指先、相手が読みやすい様に同じく、開かれた薄い口唇。

動きの端々に滲出る高貴さ…なんと…麗しい事か。動作だけではない、銀の容姿も陽だまりの様な性格も。彼の存在自体が。

"めいわく でしたか?"

「あ…いえ、失礼をしました。どうぞ、殿下」

あろうことか見惚れてしまっていた様だ。
覗き込まれてハッと我に返ると、周りを気にしていた王子に配慮してベルクートは極力静かに部屋へと招き入れた。


まさか。迷惑などと。
あなたがいらして下さっただけでもうこんなに嬉しく思っているのですから。




******




部屋へと入ると、王子はゆるりと視線を廻らせてからベルクートへ微笑んだ。

暖かい笑顔だ。此方まで気分が明るくなる。
しかし一体何の用事があってここまでいらしたのだろう…

「どうぞ、お座りになって下さい。今何か飲み物を…」

そこまで言った所で、棚から顔を上げると、王子の視線はまだ手入れを終えたばかりの状態でテーブルに置かれたままの剣にじっと注がれていた。

刃物に興味がある年頃…という訳ではあるまい。


「殿下、剣に何か…」


銀の掛る横顔に声を掛けると


"さわっても かまわない?"


駄目かい?と
控え目に視線を合わせられては…断る理由もない。
ただ怪我をされては大変だと
ベルクートは頷いて、王子の側へと歩み寄った。


「手入れしたばかりですから、ご注意を」

"あぁ やはりおもいね あなたのつるぎは"

「そうですね…」


両手での構え。
それを見ただけで、ベルクートは王子が大剣をも扱う素要がある事に気付いた。扱いの難しいと聞く三節棍を自在に操る上に、己の体には不釣り合いなものまでも。
改めて感心してしまった。






******





"あなたは どうするつもり?"

そう問うて王子は研き抜かれた刃に映された自らの顔を暫く見つめると、それを静かに戻した。

「……まだ、考えていません。今はただ…」

暫く沈黙した後に発されたベルクートの言葉に微かにその眉尻を下げ、王子は柔和な中にも何か決意めいた様な表情で頷く。

"ならば こんやく を"

「はぁ、こんやく…婚約?!」

突拍子もない事を言われ、あわと後退したベルクートの手をそっと取った王子は至極真面目な表情だ。
整った顔の近さに半ば唖然としながらもベルクートは、勢い良く話し始めた王子の口唇を一心に見つめた。


彼曰く

今回の戦争で闘神祭の結果は流れてしまうだろう。
あなたは事が起きなければ優勝していたし、心身文武、共に問題はない。戦争が終わった後、この地に残りどうか、妹との婚約をもう一度考えてくれまいか、と。

「…し、しかし…」

まさか此処で王子から推されるとは思っていなかったベルクートは口ごもった。

「…、…それは、出来ません」

"!"

そう、と
それはそれは、残念そうに落とされた肩にそっと触れ、ベルクートはゆっくりと言葉を続けた。

「お気持ちはとても嬉しいのですが…私には既に、もう目を離せないお方がいるのです」



*******



ゆる、と顔を上げた王子の目に映ったのは、優しく微笑み掛けるベルクートの瞳。
彼を取り巻く何人かの女性が王子の脳裏に浮かんでくる。

ああ、彼には誰か想う人がいるのだ。

本当はリムの婿になって欲しいわけではない。そうなればいつも彼の側に居ることが出来る。
らしくなく、そんな安易な考えで彼を困らせてしまった。
しかも妹まで巻き込んで。

なんて愚かしい事だろう。
薄くにじむ視界に気付かれまいとベルクートに背を向け、ぎゅっと瞳を閉じた。

大丈夫。
ハッキリ言って貰えて良かったではないか。
明日からまたいつも通りに接すれば…──


「殿下。…いえ、ファルーシュ王子」

ぴくりと肩が震えてしまったのが王子は自分でも分かった。
名前で呼ばれる事など、そうはないことだ。自分で自分の名前を忘れそうになるくらい。というと大袈裟かも知れないが。ああ、待て。今はそれはどうでもいい。


「私は、貴方を見ていたいのです。戦争が終っても」


何が言いたいんだろう。
それは、つまり…


うつ向いた先、彼の影が自分へと重なって


「貴方に命を救われた時から…いえ、一目見た時からお慕いしていました」


その言葉の意味を解する前に強く、背後から抱き締められた。思わぬ言葉もあいまって反射的に体が硬直してしまう。


「こうして触れる事を今は、御許しください…」


…ああ。どうかそのまま離さないで欲しい。
囁く彼の声は、なんて甘いのだろう。想像していたよりも、ずっと。
耳元に掛る微かな息と音に毒されて今にも内に隠していた気持ちが弾けてしまいそうだ。

恥ずかしい、けれど
お互いに気持が向き合って、通じあっている。
なんて嬉しい事だろう。

さぁ、うつ向いているだけでは彼に失礼だ、と
恥じらいながらもゆっくりとベルクートの腕の中で振り向き見上げた王子は



"こんや ごいっしょしても いいですか"



精一杯それだけ唇を動かすと
母親譲りの白い頬をそっと淡い桜色に染めて、彼の胸元へと顔を埋めたのだった。









リクエストから初挑戦ベルクートと王子の両思い。
これから少しずつ、ほのぼのと愛を育てていって下さい。

2006/9/25

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