10:鼻血
宿の廊下を歩きながらふと、ゼロスは思い出した。
幼少の頃、自分を神子としてではなく、年相応の子どもとして対応してくれた一人の男の
事を。
いつの間にか顔を合わせる機会もなくなり、それはいつしか記憶の底へと埋もれていった。
なぜ、今この時に思い出すのか分からないが。
(…覚えてるのは…あそこに居たんだからどっかの貴族だって事と…それから、)
ガンッ!!
「Σだぁ!?」
急に開かれたドアによる顔面強打。あまりの痛さとショックにしゃがみ込む。
目の前にちかちか星が飛んでるぜー…つか俺さまの美貌が!!
「てんめぇ…」
前方不注意を棚に上げて、何処の誰が俺さまの命に傷をつけてくれちゃったのかと、思い
きりガンをくれてやるべく見上げたら
「!!これは大変失礼をし、…?
神子!」
「…あ」
ドア越しに顔を覗かせたのはリーガルのおっさん。
自分のミスだと思っているらしく、一通り謝った後、入って少し休んで行けと言う。
まぁ知った顔だったならつっかかんなくていいか…
「…わり、ぼーっとしてた」
素直に謝った途端、打ち所が悪かったのか鼻の辺りがズキズキ痛んで来やがった…お言葉
に甘えて休んで行くかね…?
「…神子、立てるか」
「ん、…?」
(この、光景…どこかで)
軽い、既視感。
そんなことは普段あったとしても気にも留めないけれど、今回は酷く引っ掛かる。
手を引かれて立ち上がった至近距離のまま、もう少しで理由が分かりそうでまじまじと
リーガルを観察した。
「…神子」
「……、…」
お互い見詰めあったまま、しばしの沈黙。
「…鼻血が出ている」
「ってまじかよ?!」
慌てて鼻を擦ると、確かに。
こりゃ痛いわけだわ……
上を向いて鼻を摘む様子に、リーガルは薄く笑んだ
「…変わらぬな」
「んー、何がだ?」
「思い出さぬか」
「…?」
(どこかの貴族だってことと、それから…それから?)
「ああ…お前…!」
教育係から逃げるように走り回り、ついに転んで大泣きした幼少のあの時。
たまたま傍を通りかかったこいつに…リーガルに抱き上げられ、抱き締められた。
温もりに飢えていた俺は、必死でしがみついていただろうに。
そうだ、そうだよ。
どうして分からなかったんだ?
優しい空色の髪と瞳、包まれると安心してしまう大きな体。
大好きだったんだ。
2005/12/11