おはようをあなたと
「セネルさん、朝ですよ」
「…zZZ」
「セネルさーん、あ―さで―すよー!」
「…、…zZZ」
(本当、噂通りなかなか手強いですね)
早めに起こしに来て正解だったと思う。
さっきから声を掛けてるけど、寝息が返るばかりで。
ちょっとやそっとでは起きないと他のメンバーから聞いていたけども…。
「…仕方ないですね、あと10分だけですよ」
大袈裟に肩を竦めて。
だってこんな幸せそうな顔で寝ていられては、無理に起こすのもかわいそうですから。
時間が許すかぎりは…ね。
「んー…ムニャ…」
眠りながらも何と無く耳から意味が入るのか、寝顔が更に幸せそうになる。
ベッドの端に腰掛けて、
そんな青年、セネルの顔をそっと覗き込んでいた少年…ジェイもまた、彼につられる様にして微笑みをもらした。
「セネル、入るぞ」
住み始めたばかりで家具の少ない部屋。誰も見当たらず、人の気配もしない。
なかなか現れないので様子を見に来たのだが。
(擦れ違ってしまっただろうか?)
引き返そうと踵を返した所で上への階段が目に入った。
「…二階か…」
木製の階段が、ウィルの体重を受けて軋む。
無造作に置いてある亀の甲羅に学者として興味を覚えながら階段を昇りきると、そこには整然とした机、その横には簡素なベッド。
「…!」
そのベッドを見て、ウィルは足音を立てない様に近付いた。
(セネルは兎も角…ジェイが…)
珍しい事も有るものだ、と思わず観察する。
セネルの足元で膝を抱える様に横になり、すやすやと寝息を漏らして。
カーテンの隙間から洩れる外からの柔らかい光もあって、その空間はとても和やかなものだった。
そして何よりも
年齢より幼い、二人の穏やかな寝顔を見てしまったウィルは、子持ちの親ということもあって、そんな彼らの一面を見てしまったあとに叩き起こす事など出来ないのであった。
「…んー…」
カサリ
伸びをしようと手を持ち上げると、何かが手に触れ音を立てた。
しぱしぱと目を瞬かせ、セネルはそれを日の光にかざしてみる。
『俺と寝坊組以外は先に泉へ出発している。
目が覚めたら早々に、二人で俺の家まで来ること。ウィル』
「!また寝過ごした…って、“二人”?」
なぜ二人なのか。一人でここには寝泊りしているのに。
起き抜けで文字を見間違えたかなともう一度読み直しても、結果は同じ。
「……解らな…ん?」
解読に諦めて体を起こした途端、その謎は氷解した。
ぱちりと、もう一人と目が合った。
すぐ近くで、驚いたようにこちらを見上げるジェイがいたのだ。
「「あ…」」
慌てたようにベッドを降りる彼の動作をじっと見ながら、なんでジェイがここにいるんだろうと考える。
自分のベッドとジェイが結びつかない。
「その…ミイラ取りが、ミイラになっちゃいました」
ということは。
ああ、そうか、
「…起こしに来てくれたのか」
「…すみません。あまりに気持ち良さそうに寝ていたものですから」
あと少し、と待っているうちにぼくも、寝てしまいました…と。
心なしか頬を染めて、俯き加減に言う彼がとても可愛らしく見える。
俺もベッドから降りて、くぅっと大きく伸びをした。
「…ジェイ」
「はい」
罪悪感が残る瞳で見上げてくる。
そんなきちんとした所も彼らしくて。
「来てくれてありがとう。一人だけの寝坊じゃ、少しウィルの所に行くの気が重いから…嬉しいよ」
大きな瞳を更にほんの少し見開くと、彼は照れた様子でぽりぽりと頭を掻いた。
あまり感情を表に出さないジェイがこうやって素直に反応を返すということは、
モーゼスとはまた違った形で懐いてくれているということだろうか。
素直に、嬉しいことだと思う。
「よし、直ぐに準備…っとまだ言ってなかった」
ぽん、と彼の肩に手をおいて
「おはよう、ジェイ」
「あ…はい、おはようございます。セネルさん」
いつものように笑い掛けると、また彼は目を伏せてしまった。
アメジスト色の綺麗な瞳の色が見えなくなってしまうのは残念だけど、時間がない。
「先に下りててくれ、直ぐに行くから」
「分かりました」
(おはようって言われたとき…)
ほわりと、胸の辺りが暖かくなったような。
そっと胸を手で撫でてみる。
(…きっと、起きたばかりだからだ。
セネルさんと眠るのは、キュッポ達と眠るのと同じくらい、心地よかったから。
ううん、それ以上かも知れない…かな)
一階のソファに腰掛けて待ちながら、セネルの先ほどの優しい笑顔を思い浮かべる。
(お兄さん、か…セネルさんみたいな人がお兄さんだったら…)
もし。
ぼくのお兄さんになって下さい、なんてお願いしたら、あの人はどういう反応を返すのだろう。
(そんなこと、やっぱり恥ずかしくて言えたものじゃないですけどね…)
「ジェイ、行くぞー!」
「あ、はい!」
(でも…今度、訊いてみましょうか)
ウィルの家までという短い距離であっても、
その道のりを大好きな“お兄さん”と二人で行けると思うと、ジェイの足取りは自然に軽くなるのであった。