キスしても、いいですか
"お酒"というものは、大人が飲むもの。
体が出来上がるまでは、飲んではいけないもの。
でもたまには、良いじゃないですか。
キスしても、いいですか
『それ、なんです?』
『ああ…昨日パン屋の福引で貰ったんだ。ただ、お酒が入っているから俺たちにはまだ早いかもな。食べてみるか?』
なんてな、と軽く肩を竦めながら、彼はその小箱をぼくに渡した。
両手に丁度乗るくらい、赤色が少しくすんだ感じの古めかしい小箱で、鼻に近付けるとチョコレートと、嗅ぎ慣れないアルコールの香りがした。
その後彼は、留守を頼んでパトロールへと出掛けてしまった。今ぼくは、彼の帰りを待ちながら膝の上のその小箱を見詰めている。
(ウイスキーボンボン、か…)
古い書体をなぞりながら、名前だけは聞いた事がある、と中身を想う。
(確かチョコの中にお酒が混ぜ込んである…とかいう…)
そっと蓋を持ち上げると、先よりも強く香りが感じられた。
中には、色とりどりの綺麗な紙で包まれた、ボトル型のものが七つほど並んでいた。一つ一つが思ったよりも大きい。
(…大きいけれど、一つぐらいなら平気かな…お菓子な訳だし)
甘いものはそんなに好きではないけど、チョコだけは特別。
きら、と光った銀色の包みに目を引かれ、それを一つだけ取って小箱をテーブルの上に戻す。
そっと銀紙を剥がして、軽く舐め溶かしてみた。チョコレートの甘さ以外には特に違う味は感じられない。
(やっぱり、お菓子だからそんなにお酒は入ってないんだな…香り付け程度か)
一口で食べてしまうのが勿体無くて、今度は半分まで口に入れてカリ、と噛んだら
「…っ?!」
とろり、と何か液体が口から伝い落ちそうになったのを慌てて上を向き、飲み込んでしまった。出して汚してしまうなんて失態は避けたかった。ここはセネルさんの家だから。
「…う…?」
液体が通っていった後が、かぁ、と熱をもっていく。熱さと苦さに思わず顔を顰めて、息をつめる。
まさか、チョコの中にそのまま、お酒が入っているなんて。
なんて迂闊なことをしてしまったのだろう。自分らしくもない。
…、
……でも、まずくは、ない。
残ったチョコレートを食べると、味が絡んで…これが大人の味、なんだろうか。
(セネルさんは、食べられるのかな…)
ほわり
軽い浮遊感
変な感じだけど、気持ち良いかも…。
あと、もう一つだけ…そうぼんやり考えて、ジェイは小箱を引き寄せた。
「今日も平和だな…」
モンスターも随分大人しくなったし、強いて揉め事と言えば、西の区画にいるおじさんおばさんの痴話喧嘩くらいだ。
たまに殴り合いになるから、流石にそれは止めに入るけれど。
取り敢えず一回りしたし、もう夕飯時だ。そろそろ戻ろう…ジェイをずっと待たせてしまっている。
パトロール中に貰った(毎日何かしら誰かから貰っている)オレンジジュースを抱えて、セネルは扉を開いた。
「ただいま」
(…?)
「ジェイ?」
がしゃん
「!」
玄関脇のサイドボードの瓶を置き、素早く音の方へと移動する。台所の方だ。
そこにいたのは…
「…どうしたんだ」
足音に落ちたガラスの破片を拾おうとしているジェイだった。
側へ掛け寄り一緒になって欠片を拾い出すと、漸くジェイがこちらに気付いた様だった。
「怪我、しなかったか?」
手を止めて、ゆっくりこちらに視線を向ける彼を見る。
「セネル、さん…」
「ん…、!」
様子がいつもと違う。
アメジストの瞳は潤み、ひどくけだるそうだ。微かに香る、アルコールの匂い。
…アルコール?
「熱、くて…水を…」
よろ、とガラスの上に手を付きそうになった彼の体を抱き止めゆっくり立ち上がる。
「…はぁ…」
「ジェイ、お前…」
カウンターに置かれた小箱の中身は、あと僅かにまで減っている。
「こんなに食べたのか…?!」
チョコの中にはウイスキーが入っていた筈。それを殆ど食べてしまったなんて。フラフラにならない方がおかしい。
とにかく、ガラスを片付けるのは後だ。
ぐったりとした彼をなんとかベッドまで運び、そっと体を横たえる。いつも白い頬は上気し、ぼんやりとした視線はゆるゆると宙を彷徨っている。
少しでも楽になるようにと、結ばれた髪も解いて頬を撫でてみる。
(熱いな。水を飲ませた方が良いか…)
「…待って、ください」
「…水を持って直ぐに戻るから」
言い聞かせても、腰の布をきつく握っていて離しそうにない。
(完璧にアルコールにやられてるな…、…)
でも、その様は、何て言ったら良いのだろう。
普段のすました表情やこ憎らしい態度はすっかりなりを潜め、必死に自分を頼ってくれている。
(なんだか…可愛い…)
同性に可愛いと思うのは変かも知れないけど、モーゼスが放っておかないのも分かる気がした。
「ぎ…、み…」
「…ん…?」
此方に空いた手を伸ばしながら、ジェイが何か呟いている。枕際に片手をついて身を屈め、良く聞こえるように口許に耳を近付けた。
「ぎん…がみ、みたい…」
「…??」
その呟きの意味が分からず考えていたら
ジェイの手が俺の首に巻き付いて、髪に触れて来て。
思いのほかに近くなった彼の、潤んだ瞳に目が縫い付けられてしまった。
「…セネル、さん」
「ジェイ…」
「キスしても、いいですか…?」
そんな様子で言われて、俺は拒めるわけがなかった。
END
暫く手付かずだった濡れ場まで行く予定だったもの。
途中で力尽きてしまいましたが、個人的には気に入っています。
こんな感じのセネルが大好きです。
2006/9/30