雨のち、晴れ模様





ティトレイの元気がない。


というのも
昨日から降り頻る、酷い雨のせい


…だと、思っていたのだけれど。












昼食の後片付けを終えて部屋に戻ると、ベッドには変わらず横たわる緑の背中。
湿気に弱いティトレイは、今朝からベッドの住人と化していた。

「ティトレイ…」

「……」

いつもは少しくらい元気が無くても、名前を呼んでやれば犬の様に飛び付き擦り寄ってくるのに。


今回のは重症だな、なんて軽く息を吐いて
湿気でぺしゃんこになってうつ伏せている彼の脇に座り、背中を撫でてやる。

もぞ…と身じろぎ見上げてくる瞳に、いつもの彼らしい光は感じられない。

…その代わり、すがるような瞳で見詰められて。


「……」

この眼にヴェイグは弱い。しかしそんな眼で見詰めてくる理由が分からず…何ともいえない気恥ずかしさで、視線を逸らしてしまった。

…端から見ればフォローを入れたくなるような。
しかし当然、この部屋にいるのは二人だけであって。


彼の瞳が寂し気に揺れたのを、ヴェイグは気付いただろうか。


何かを諦めた様に枕に突っ伏してしまった彼に
得体の知れない不安を覚え、思わず名前を呼ぶが…


「ティトレ「散歩に行ってくる」
「??」

急に起き上がる彼につられてベランダをちらと見遣ると
…霧吹きで吹いたような雨が、微かな音を立てて降り続いている。
今朝より大分弱くなってはいたが、それでも散歩という天気ではない。

「…すぐ戻るから気にすんな」

「キキ…ッ」

胸元にいたザピィが、しゅるりとティトレイの後を追っていく。

…バタン。

口を開きかけたヴェイグの返答を待たずに出て行ってしまった彼らを、ヴェイグは追いかける事が出来なかった。



─────



「…ヴェイグさん、どうしたんでしょう…」

「どうせティトレイがまた何かしたんじゃないの…?」


窓硝子を濡らす雨の向こうを見詰める青年の横顔を
こそこそととカウンターの影で盗み見ているのは、お子様二人組である。

「さっきほら…ティトレイ、なんか思い詰めた顔して出て行っちゃったし…ってアニー、聞いてる??」

「…はぁ…ティトレイさん羨ましいな…」

ヴェイグさんにあんな顔させるなんてズルイ、と。
意味不明な発言と一人の世界に入ってしまっている彼女に、マオがはぁ…と小さくため息を吐いた時。

ポン、と二人の頭に優しい重みが掛かった。

「…!!」

二人してビクリ、と肩を震わせ振り向くと
そこには波打つ、艶やかな漆黒の髪を持つ女性が二人を面白そうに見下ろしていた。

「「ヒルダ(さん)…!」」

「なーに、面白そうな事してるのかしら?」
膝を折って後ろにしゃがんだヒルダの声が二人には酷く色っぽく聞こえしまい
子どもながらにドキドキしながら二人は説明したのであった。




「ふぅん…ティトレイがねぇ」

青年の方はというと、時折長い睫毛を伏せるようにして何かを考え、瞬いては軽くため息を吐いているようだった。
仕方ないわね…と面倒そうに髪をかきあげてヒルダが立ち上がる。

「本人に聞いてくるわ」

「え…うん、ティトレイはともかくヴェイグが可哀想だもんネ」

「私たちはここから様子を見ています」

ゆったりとした足取りでヴェイグに近付く彼女の後姿が、どことなく楽しげであったというのは後日のマオ談である。





─────


「…、…」

何か気分を悪くするような事をしただろうか?
彼が出て行ってから暫く経つが、いっこうに戻ってくる気配が無い。
特に思い当たる節も無く…あれこれ考えていたら、何だか腹が立ってきた。


はっきり言ってくれれば、こんなに悩まなくても済むのに…なんてらしくもなく考えてしまう。
ふと、人の気配を感じて顔を向ければ…ヒルダだ。

「酷い顔ねぇ…折角の男が台無しじゃない」

面倒そうに席に座りながら、視線で座れと促されて素直に腰を下ろす。
気だるげに肘をつき頬に手を当てて、こちらを覗き込むように目線を合わされなんとも居心地が悪い。
そう感じたのを知ってか知らずか彼女は言葉を続ける。

「…まぁ。あんた忘れてるみたいだし…教えてあげるわ」

「?」

テーブル脇に置かれた、小さなカレンダーを指先で優雅に引き寄せ
前日の日付をする、と示す。

その日付を見詰めて、唐突に思い出したのは

「…、……、!」


ガタン!


「…早く行ってあげなさいよ」

全く手が掛かるんだから、と音を立てて立ち上がったヴェイグを見上げて満足そうに微笑む。
口では何だかんだ言いながらも、二人のことを良く見ていてくれるヒルダに感謝しながら、ヴェイグは傘も持たずに飛び出した。



どうして忘れてしまっていたのだろう。

昨日は、大好きな彼の誕生日。

これで、異常に元気がないことの説明がつく。
ティトレイは、そういったイベントが大好きなのだ。特に誕生日はヴェイグに祝ってもらいたいと散々言われていた。

…それなのに何も言ってもらえなくて。だから相当凹んでいたのだろう。




「何処にいるんだ…」


事の起こりを彼のせいにしていた自分に苛立つ気持ちを抑えながら、町を隈なく見て回る。

…しかし、見付からない。
もう宿に戻ってしまったのだろうかと半ば諦めかけた時に覘いた
水かさの増した川の脇、細い路地に、彼はいた。


ザピィがこちらに気付いたのか、彼の肩を降りてこちらへ戻ってきて
…ティトレイと、視線が絡む。

「……」

「……」

不器用な沈黙を先に破ったのは
ティトレイだった。

「ごめん…!」
「…?」

きょとんとしているヴェイグの両肩に手を置いて、項垂れる。

「…くだらない事で、ヘソ曲げちまってた」

「…いや、謝るのはお前じゃない、俺の方だ」

顔を上げかけた彼の頬を両手で包み
指先で飾りを押し上げるようにして、彼の額にキスをした。


「…誕生日、おめでとう…」
「…ヴェイグぅ…」


いつの間にか、止んだ雨。
濡れた町、濡れた互いの服…

二人で歩く
道端の苔に咲いた花さえ雨上がりで。


吹き抜ける風は、震える程だけれど
彼の太陽のような笑顔を見ることが出来たから。



今日は ずっと傍にいよう。
飽きるまで 祝ってあげよう。


どこまでも青い空に誘われて、
宿とは反対方向に、俺たちは歩き出した






完成日不明。
BACK