その道、照らすもの-another-



なぜこんな所に人がいる?


疑問に思いながら王子越しに数メートル先にある年老いた樹へ視線を向けたロイは、思わず眼を見張った。


崖の際にあるその樹に寄り添うようにして、一人の青年が立っていたのだ。
それはロイも見知った顔だった。
よく本拠地内で王子と談笑している姿を見ていたからだ。


誰にでも気さくに話し掛ける人柄に、王子も、そしてロイ自身も好感を持っていた。



しかし

しかし彼は今回の戦いで  もう


ゾクリと震えが走った


「王子さん!待てよ!」


引き止めようとしたけど
体が言うことを聞かなくて


やばいって
だって、死んだ人間がそこにいるなんて
確かにコイツがやられた所を
オレは見たのに


血相変えて叫んでも王子さんは反応してくれない
と言うか
目付きも足取りも虚ろで…


は、とロイは息を飲んだ。
王子はその身分故に、親しげに話し掛けられることはあまり無かったと前に誰かから聞いたことがある。

身分を越えて接されることに弱い、という

好感どころでは、なかったんだと


だからか。
尚も彼の足は止まらない。


(何で、どうして)
(連れて行くつもりかよ)


生前と変わらぬ人懐っこい笑みを浮かべた青年
王子を誘い込もうとするが如くその腕を広げ
虚ろに見上げた王子をついに抱き寄せる

青年の頬を慈しむ様に撫で
その胸に安堵の表情を浮かべて王子が顔を埋めた途端
青年の笑みが禍々しく歪んでいった


もう それは人間の形相ではなく


(…、…くそ!)


今王子さんを失ったら、ファレナはどうなる
あんたは
あんたの為に戦って死んで行った人間にどのツラ下げて会いに行くんだよ!

「!!」

その時
ロイの左手が眩い程の光を放った

途端体が軽くなる

(動ける!)

その浄化の光に
王子の首筋へ鋭い牙を立てんとしていた青年が怯んだ

一瞬の隙に
弾かれた王子の手を思い切り引き寄せ

咄嗟に印を結び
意識に流れ込んできた"呪文"そのままを唇に乗せた


" …、……、!!"


二人の窮地を救うは

ロイの左手に宿る破魔の紋章


一瞬にして周囲に術者を中心とした眩い金色の方陣が浮かび上がり

突き刺さる程の激しい破魔の光が青年を貫く


姿を保てなくなり
青年はあっけなく崩れ落ちた

恨めしげにロイを睨み付けて
断末魔の叫びと共に灰と化した体は風に散っていく


眼前の光景
徐々に奪われていた理性が戻り
それにつれて状況を把握したのか
悲痛な表情で崩れ行く青年に駆け寄ろうとした王子の頬を
ロイは容赦なく張った



「しっかりしろ!あいつはもう死んでんだよ!」

“わかってる!”

「!」

“もう いやだ みな しんでいく”

“たえられない ぼくも むこうに”

「ッ…んだと!!」


もろに顔面にロイの拳を受けた王子は背後へよろめき尻餅をついて
呆気に取られた表情でロイを見上げた


呼吸が荒い
久しく本気でキレた


「甘ったれたこと言ってんじゃねぇ!!」


綺麗な顔を歪ませる王子を引っ張り立たせ
怒鳴りつける


「あんたが今、こんな形で死んでみろ!
あんたが好きで集まってきた奴らを
あんたの為に命を落として来た奴らを
シカトする気かよ!
裏切るつもりかよ!!

オレは…
オレは
あんたのことを思い違いしてたみたいだ!」


かなり激しい力で揺さ振られながらも
王子は真直ぐにロイの金色の瞳を見詰め
必死に言葉を聞いていた


思い違い、という言葉に
いっぱいに溜まった涙が
つ、と腫れ始めた頬を流れる






“初めて”王子の涙を見たロイは

首根っこを掴んでいた力を緩め

深く息を吸い込み努めて静かに

“初めて”自ら王子の蒼瞳を真直ぐに見た


「あんたさぁ 一人で 頑張りすぎなんだよ」


その言葉と
ロイの変化に王子は眼を見開いた


“ひとり で”


「そ。…だから、全部抱え込んで辛くなって爆発しそうになって
死にたいとか、楽になりたいとか思っちまうんだろ。
そんなんじゃこの先、やってけねぇぞ」


その言葉を噛締めるかのように、ゆっくりと王子は頷く


「もっとさ、適当にやれよ。頼れよ。周りを。支えてやるから」


(あんた、自分がどれだけ周りから愛されてるか、解ってないだろ)


うん、うんと何度も頷いて
はらはらと涙を流す王子さんを見ていたら
オレまで視界が滲んできて


言葉も無く互いに、体を引き寄せ合った



彼を抱いた温もりで
彼が生きているんだと
救うことが出来たと
どっと安堵が押し寄せて

そう思ったら
張り詰めていたものがふっととけたようで

二人してその場にへたり込んだ











「あんたのこと、皆が神様みたいに言うのがわりぃんだよ。同じ顔してんのに、オレはあの扱いだぜ?」


人は、他人から言われたことに対して
そうなろうと無意識に努力するという

王子さんは凄く真面目で、純粋で、優しくて
人一倍頑張るやつなんだって、それは間違っちゃいねーだろーけど

皆に頼られて、期待に応えなければと悩んでたんだと思う

あんたは人間で、オレ達となんら変わらないって
みんな解ってる筈なのに
誰かを頭に持って来ないと落ち着かないんだ

脆いんだよ人ってやつは

オレだって、あんただって

だからお互い支えあって生きてくんだろ?

それを教えてくれたのは、他でもない――…


「目付きがイッてるなんてひでーよなぁ、卑しい顔とかさー、生まれ付きなんだからしょーがねぇんだよ」


急におちゃらけて言うロイの姿に王子は泣き笑いになって
そして涙で互いにぐしゃぐしゃになった顔に
“変な顔”と
二人で吹き出した












やわらかい月の明かりを浴びながら

語り合い

時には星空を見上げ

二人は出来る限りその場に留まった





その影は重なり合う様に

寄り添う様にして

いつまでも地面に伸びていたという。



********



「王子!!どうしたんですそのお顔は?!」


翌日。

腫れている王子の頬を見たリオンの叫びがこだまする。

言い訳に困る様子に案の定、と見兼ねたロイ

「オレが殴ったんだよ」

「どうして!」

「ムカツくかr」

最後まで言い終わる前にリオンの鉄拳制裁。

「意味も無く王子のお顔を殴るなんて…!」

「ってぇ…」

慌てて王子さんが間に割って入る

嬉しくて思わず頬が緩みそうになるけど
ここはオレが悪者になるべきだ
今は王子さんから気を逸らしてやりたい

「け、へーへーオレが悪かったよ。謝ればいーんだろ」

「ロイ君ッ!」

「おー恐!じゃーな!」

王子さんの顔を見ずに、背中を向けて走り出した。






リオンに殴られた頬がじんじんと痛む

「…そりゃいてーよな」

「頼りになりますね、影武者くん」

「!」

王子さんのことを考えながら
暫くあてもなく歩いていたら
何時の間に背後に。

ふと、前日のルクレティアの言動が頭を過ぎる

「あんた…全部解ってたのか」

「大体は。しかし働きは想像以上です。お手柄ですねロイくん」


あなたにとっても、軍にとっても。


しばし互いに見詰め合う
腹の探り合い
しかし、ロイにはとてもじゃないが
この軍師の考えるところなど、辿り付けはしないのだ


ロイは舌打ちをすると
ただただ、不機嫌あらわにしてその場を去った





王子を懸命に気遣う、護衛リオン


大丈夫だよと微笑む、王子ファルーシュ


何処かいつも不機嫌な、影武者ロイ


真意の見えない笑みを常に纏う、軍師ルクレティア





それは昨日までと何も変わらない光景だった。





2006/5/28


BACK