青年*ヴィーナス



からんからん


「毎度どーも!」


景気の良い店主の声に軽く会釈を返して外に出ると、ふわりと、甘い香りが微かに俺の鼻をくすぐった。


この香りは、




(…ゼロス?)







青年*ヴィーナス







果物の入った紙袋を抱え直しながら、きょろと辺りを見回してみるが…思うような姿は見当たらない。

(あいつ今宿で寝てる筈だし…気のせいかな)

幸い倒れたのがメルトキオの近くだったため、看病役を買って出た俺とゼロスを残し他の皆には情報を集める為に別行動をとってもらっている。

なぜゼロスの屋敷に行かないのかというと「セバスに余計な心配を掛けたくないから」らしいが、本当はただ小言を言われるのが嫌なんじゃないかと俺は思ってる。


大体ジーニアスにちょっかいを出したゼロスが悪い。

風邪を引いたのは、氷魔法で反撃されたせいであって。


(ゼロスも結構ガキっぽいとこあんじゃん…人の事言えねぇし)

口の中で悪態をつきながらも、早く戻ってりんごでも剥いてやるかと歩き出そうとしたら


「あんちゃん!…赤いあんちゃん!」



「?」

声の聞こえた方へ振り返ると、男の子が息を切らしてこちらを見上げている。
そしてまたさっきの甘い香り…ああ、香りの正体が解った。

「なぁ、これ…ゼロスに渡してくれよ!あんちゃんと一緒に旅してんだろ?…絶対渡してくれよな!」

「あ、ああ、解った…ゼロスに渡せば、いいんだな」

有無を言わさずに花束を押し付けられて困惑気味に返事を返すと、男の子はにかっと笑って貧民層の方に駆けて行ってしまった。


(…あの子、前にゼロスと話してた子だよな。……と、とにかく戻ろう)


紙袋と一緒に抱いた薔薇の香りが…なんだかゼロスを抱いているように思えて、何となく気恥ずかしくなった俺は足早に宿へと歩き出した。



***




「ただいま〜」

「んー、おかえり…ハニー」

部屋に戻ると、こちらに背を向けたまま布団の中から手だけだして挨拶して。
態度はともかくちゃんと寝てたみたいだな…よしよし。
声も元気そうだから、安心した。


「リンゴ、剥くな…食べられるか?」

「ああ、あんがと…俺さまウサギさん希望〜」

「はいはい」


ベッドサイドのテーブルへ近付いてそっと花束を置き、ガサガサと紙袋から果物を出しているとゼロスがこちらへと寝返った。
寝てる間に少し汗をかいたのか、額にはりついた髪をうざったそうにかきあげる様子をちらと見て、手元に視線を戻しりんごに刃を入れる…けれど。
手元が危うい…何ドキドキしてんだ俺。

そうだ、男の子の話しないとな。


「なぁ、これ…ゼロスにさ」

「ん?なーに?」


半身を起こして俺の手元…花束を見た途端、ゼロスが固まった。


「…な、なんだ?どうした?」

「…は…ハニーが、花束、しかも薔薇なんてっ…くくー…」


声裏返して、似合わねー!!と腹を抱え笑い出すゼロス。確かに自分に花束なんて似合わないと思うけど、折角持ってきてやったのに。

むっと来た俺はバンダナなしの奴の額を、花束でハリセンさながらに思い切りスイングしてベッドに沈めてやった。パスンッというなんともスッキリしない音と同時に花びらが散る。

なかなかの手応えだ…って!

まずいだろ俺、これ貰い物なのに!


「花が…」

「薔薇だけに…バラバラ、ってか…」


ベッドに沈められつつも真面目な声で洒落を飛ばすゼロスをもう一度ひっぱたいてやろうかと思ったが、ふと花束を見ると、それはもう花束でなく、茎束になってしまっているではないか。

うう、力入れすぎた…


「……あー…」

「あらら…ロイドくん、怒ったー?」

「…そういうわけじゃないけどさ…」



ベッドに縋り付くような体勢でがっくり項垂れている俺を見てやり過ぎたと思ったのか、また体を起こして頭をぽふぽふと撫でてくるけど…声が笑ってる。反省してないなコイツ。…甘えてるんだろうけどさ。花束持っちゃそんなにおかしいかな、俺。

盛大にため息を吐きながら撫でてくる手を払いのけると、まだくすくす笑いながらぽすりとゼロスが横になった。


「はー…ふふっ…腹筋いてー…」


シーツの上に散らばった花びらが反動でふわりと動き、ゼロスの髪に、絡んで。
白と赤のコントラストが綺麗で、悔しいけど見蕩れてしまった。

男が薔薇の花みたいな、甘い香りをまとっているなんて俺はあまり…というか良いか悪いかなんてわからないけれど、素で似合う男はこいつくらいなんじゃないかと思う。


「…ハニー?」

「あ、えっと…なんかさ、ゼロスって似合う、よな。こういうの」

「ふふーん。俺さまの新たな魅力に気付いてしまったな〜、ロイドくん+」

「だからミリキじゃなくてミリョクだろ…おら!」


ばふっとゼロスに覆い被さって、病人の癖に元気な奴め!とわき腹を思い切りくすぐってやると、ゼロスがたまらないといった様子で腰を浮き上がらせて逃げる。


「ひっ、ひゃひゃ!ちょ、ちょっと、やめろってぇ!俺さま病人!」

「ほんとかよ?元気すぎだぞ、仮病だったんじゃないだろーな?」



見下ろしながら冗談混じりに言ってやったら、ゼロスは微笑を浮かべたまま、俺の首へと両腕を巻きつけてきて…緩く引き寄せられた。大好きな翠色の瞳の中、少し焦った自分が見える。


「…ハニーと二人っきりになりたかったから、って言ったらどーする…?」


お互いの息と、体温が分かる距離で、そんな事を言うもんだから。

ただでさえ薔薇の香りで、ゼロスを意識してるのに。


「…、バレても俺は責任とらないからな」

「俺さまの芝居の上手さ、もう知ってんだろ…?」


一日、二日ぐらい、へーき…だから、ロイド…


初めて聞く、甘えきった声を耳元に吹き込まれてからは

もう、なし崩しだった。









散ってしまった薔薇が、あの子から貰ったものだと知ったら…ゼロスはどんな顔をするだろうか。

でも、結果的に彼は全身で薔薇を受け取った訳だから、役目は果たしたのかも…?

ってわけで、まぁ、いいか。



ゼロスの事となると緩くなって、甘やかしてしまう。


そんな自分に、ロイドは苦笑をもらした。





2005/8/25
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