今日も穏やかなセラス湖に佇む、我らが本拠地アテルマーナ城。
その一画でひそひそと噂話をする少女達が数人。
中には無理に引き込まれたのか、つまらなそうに頬杖する少年も混じっている。
「…ねぇねぇ、どう思う?」
「…何が」
「んもー!人の話聞いてないんだから…」
(どうしてこう、女は噂話が好きなんだ。くだらねぇ)
後からグチグチと言われるのも癪だと、ここは大人しく耳を傾ける。
「…何だよ、簡潔に言え簡潔に」
「人魚のお化けが出るの」
「はぁ?」
お化け?人魚?
ますますくだらねぇ。
ちゃんと聞こうとした俺がバカだった。
「皆が寝静まった頃、お月様が綺麗な時に出るんだって」
「…アレだろ、デカいヘビがいんじゃん」
元々からセラス湖に棲みついていた5mはある巨大な蛇…─棲みかを荒らされ怒り、
通りがかった王子達に襲い掛ったはいいものの逆に退けられ、
しまいには仲間入りし共に戦うハメになった彼女の名はビャクレンというらしい―…
が、夜中湖面を泳いでいたのを見間違えたんじゃないか。
「ビャクレン…だっけ。あいつを見間違えただけだぜ、きっと」
ガラは悪いが王子と瓜二つの顔を持つその少年…ロイの意見に少女達は顔を見合わせた。
「確かにビャクレンも目撃されたらしいわ」
「でも側にね、髪の長い人がいたんだって。男か女か分からないらしいけど」
「凄く綺麗だったらしいわ。一目でも見てみたいわね…」
「一体誰なのかしら…」
口々に言って、夢見る少女よろしく熱い溜め息をついた彼女達は
満足したのかまた話に花を咲かせ始めた。もう少年の事は気に掛けていない様である。
これ幸いと抜け出し、自室へと戻った少年は…
その夜、どうしても寝付けずにいた。
先から頭に浮かぶのは、少女達から聞いたあの人魚の話ばかり。
(つか、はっきり見た訳じゃないだろーに何で綺麗だとか解るんだ?)
(ほんとに人魚なのか?)
(モンスターだったりして…
でもそうだったらとっくに怪我人が出て大騒ぎになってるよな)
とめどなく浮いては消える疑問、徐々に頭をもたげ始めた興味。
溜め息一つ、半身を起こし窓から夜空を見上げれば、浮かぶ大きな満月。
夜。
満月。
条件は揃っている。
(だからって、ほんとに…?)
普段から言ってこういう風にとろとろと考えてしまう日はどうせ、眠れないのだ。
確かめたいという思いが大きくなる。
でもそれだとあの少女達と自分が何ら変わらない気がして。
(…少し、気分転換に外の空気を吸って戻ってくるだけ。
湖を見るのはそのついで…ついでだ)
誰が見ているわけでもないのに別の理由をこじ付け、
ロイはベッド脇の三節棍を片手に部屋を後にした。
こんな静かな夜はあっただろうか。
風も、湖も、城も。
全てがしんと静まり返っている。
もしかすると、もしかするかも知れない。
例のあれが
いつ出て来てもおかしくない気がする。
そんな雰囲気だった。
でも何故か、耳が痛くなる程の静けさも得体の知れない何かが現れそうなその雰囲気も、
嫌な感じのするものじゃないのが不思議だった。
裸足になって、極力足音を立てない様に船着き場の端へと歩を進めると、
屈んで闇色の湖面をそっと覗き込んだ。
月明かりがちらちらと揺れている。
目を閉じて暫く耳を澄ましてみるが魚が跳ねる音さえ聞こえない。
それからいくら周りを見回しても
揺らめく水鏡はぼんやりと周囲と自分の姿を映し続けるばかり…
(け…やっぱただの噂かよ)
もう一時間近くこうしている。
流石に飽きてきた
(…やめたやめた)
ぱしゃり
水面を足先で乱し立ち上がろうとしたその時
何かぬるりとしたものが足裏に触れた
(…?!)
ついに来たのか
息をするのも忘れて、水面を睨むようにして見詰める
しかしこちらからは反射して全く水中の様子がわからない
ついで水面から現れ足へと滑るように触れてきたのは、青白い手。
見る限り、その線は細くて
(やっぱ女なのか…?)
我ながらこの状況でよくテンパらないものだと頭の隅で思う
そう、怖い、というよりは
会ってみたい、見てみたいという好奇心
ただそれだけで
「待てよ…ッ!」
水の中へと戻ろうとした手を逃がすまいと、咄嗟に掴んだ手首を渾身の力でひき上げた
「…!!」
ひき上げた手首の持ち主は…見間違えるはずもない。
その"噂の人魚"は
自分と造形のそっくりな額や頬に貼り付いた美しい銀髪を払うと、
此方を見上げてはにかむ様に笑った
そっか、あんただったんだ
通りで綺麗だなんだって話題が出るわけだよな。
…でもさっきのぬるっとしたのは気のせい…か?
それから、なんでこんな時間に一人で?
つかもし溺れたりしたらあぶねーだろ!
湖から上がり、夜着を着て隣に腰を下ろした王子さんにもろもろ言うと
彼はまだ雫のついた銀の睫を数回瞬かせ、二人の間に指先で文字をなぞり始めた
NEXT