イミテーションの銀髪
大きく背中の開いた、鮮やかな色彩
機能性を重視しながらも、気品を損なわないそれ。
馴れた手付きで衣装を身に纏いながらも、ロイは釈然としない様子だった。
最初のうちは特になにも考えず従っていた彼も、徐々に引っ掛かるようになったのだ。
戦争が終る度にその日の夜から姿を消し、そして翌日いつの間にか部屋に戻っているという、秘密めいた彼の行動。
自分の他にも気付いている者がいるかもしれない、でも誰も口には出さない。
奇妙だった。
「ちょっとした、お散歩。といったところじゃないですか?ロイ君にだって、そうしたい時はあるでしょう?」
知らない筈のない軍師に聞いても、ただただ真意の掴めない笑みを浮かべて、のらりくらりとはぐらかされてしまう。
疑問を抱えたまま、それでもロイは、颯爽と歩き出した。
彼の仕事は本物から目を逸らさせる為に“目立つ”事なのだ。
「あら王子、見回りですか?」
「あ、王子さま!またあそんでねー!」
「王子!今度、ぜひ訓練にお付き合いくださいっ」
王子に扮したロイを本物の王子だと信じ声を掛ける者たち。老若男女、親しげな者もいれば、初恋の相手に接するが如く頬を赤らめる兵士まで性別関係なく、実に多彩。
城に集まった何百という人間から、王子のなんと慕われていることか。
彼が留守にする間の影武者として仕事をこなすロイには、嫌でもよく分かった。
何を勘違いしたのか愛情表現の激しい者もいた為に、驚いて何度か声をあげてしまいそうになったことがあったのだ。
その為に陣地内だからといって気を抜く事はできない。
声を出してしまえば、直ぐに偽者だと気付かれてしまう。
“王子には影武者がいる”
それを知る者は最小限に留めなければ、肝心な時に意味がなくなってしまうのだから。
与えられた仕事はやり通す。
元来の性格から悪戯半分にも、ロイは影武者を全うしてきた。
しかし影である彼はいつしか、反発しながらもなりきる為にと見ていた王子へ、想いを寄せるようになっていたのである。
もっと、知りたい。
近付きたい。
それを素直に表現することは、彼には出来なかったが。
王子が民に向ける笑顔をひたすらに真似て返しながら、ロイは城を見回り歩いた。
誰ひとり、その姿が偽物である事には気付いていない。
見抜く事が出来るのは、王子の周りに集う極一部の人間のみ。
それ程に彼は、王子を見ていた。
ふと気付くと、二階、王子の自室前までロイは来ていた。
今もいないのだろうか。
静かに扉を開けて中へ身を移すと、やはり部屋の主は居なかった。
周りの人間が教えてくれないのなら。仕方がない。
「…だったら、本人から聞くっきゃないわな」
誰に言うともなく呟いて、ロイは後ろ手にドアを閉め気配を潜めた。
********
──…ガチャリ
「…よぅ、王子さん」
入って来た人物は一瞬身構えたが、声でわかったのだろう、すぐに警戒を解いた。
軽く被りを振り、どうしてここに、といった表情で濃緑の外套へ手を掛ける。
留め具を外すパチン、という音と一緒にロイは椅子から立ち上がり、相手へ歩み寄った。
手を伸ばせば触れる事の出来るくらいの距離をおいて。
「聞きたい事があってさぁ」
いつも、戦いが終わったあと何処に行っているんだ、と。
遠回しに、などと器用な事の出来ないロイは単刀直入に聞いた。
ゆったりとした動作で外套を椅子へ掛け、問い掛けられた王子はその眼を閉じ、首を振った。
「影のオレには、あんたの事を知って、出来るだけあんたになりきる必要がある」
声を持たない王子は、長い銀の睫に縁取られたその瞳にロイを映し、試す様に視線を絡ませた。
ロイは、王子のこの視線が苦手だ。
それは彼にとってあまりにも、真っ直ぐであり。
何処までも見通されているような、不思議な感覚に陥るものだったから。
それでも、今ここで視線から逃げれば自分の立場がない。
眼を逸らすことはロイのプライドが許さなかった。
暫し無言で見詰め合うと、ふっと目元を和らげ王子は言った。
“わかった ついてきて”
“そのかわり”
「…秘密に、だろ」
“あぁ”
拒まれなかった。
嬉しげな声で答えると、ロイは普段の格好へと戻り、王子の手を引いて部屋を後にした。
見張りの兵に見付からない様に、二人はビャクレンの力を借りてセラス湖を渡る。
水上を滑る様に泳ぐ彼女の背は、なかなか乗り心地が良いものだと、ロイは知った。
慣れた動作で岸へ降り立った王子に手を支えて貰い、更に二人は月明かりを頼りに歩いて行く。
湖を背に草原を暫く行くと、ごろごろと不揃いな石が転がる高い場所へ出た。
王子は歩みを止める。
“ここに きていた”
振り向いてそう唇で形取ると、不揃いに積まれた石へ触れ、愛おしそうに撫でた。
よく見ればそれは一定の間隔をもっていくつも、作られている。
まるで墓標のようだ、とロイは思った。
そしてそれはおそらく間違ってはいない。
それぞれの石の前に、遺品らしきものが置かれていた。
「これ、全部アンタが…?」
王子は頷いた。
“まだまだ たりないけれど これが せいいっぱいだ”
「……」
本拠地にも墓地はある。
だがそこではなく、王子は彼らの愛したファレナの大地を見渡せる場所へと、戦争に散った者たちを葬っていたのだ。
一つ、また一つ戦争が終わる度に、自らの手で集められるだけ、彼らの亡骸を集めて。
(なんて奴)
銀の三編みの揺れる、自分と変わらぬ大きさの背中を見ながらロイは思った。
彼の名の下に集い、命を懸して戦った民。
彼らが胸に灯した幾つもの夢が、絶えず王子の道を照らし出す。
(あんたは、皆の痛みを、想いを、知ってる)
国を、民を、その手に抱える器が彼にはある。
黎明の紋章が宿る右手を大きく掲げると、淡く、段々と強く放たれた蒼い光が辺り一帯を優しく包み込んだ。彼一人の手では拾いきれなかった亡骸をも、照らしていることだろう。
墓標代わりの石たちが、不思議な程にキラキラと光を発している。
黎明の紋章。
明けぬ夜などない。
悪夢から目覚め、希望の明日を!
王子がこうして、訪れて来てくれる事に。
安らぎの光を纏うその右手に、彼らが喜んでいる様だった。
ふと、ロイは思った。
自分も、もし。
もし倒れたら、彼はこうやって、葬ってくれるのだろうか。
想ってくれるのだろうか。
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